ある男が小包を持って運送屋に言った。
「これを運んでくれないか」
「かしこまりました」
快く承諾し、運送屋はごそごそと紙切れを取り出した。
「ところでお客さん、コースはどうしましょう」
男は首を傾げた。
「コース?」
運送屋は得意げに鼻を鳴らしてみせた。
「運ぶと言っても、サービスですからね。
同業他社が跋扈するこのご時勢、サービスにもいろいろつけないと
業界で生き残っていくのは難しいんですわ」
「ほう、そいつは難儀なこったな。
どれ、おれがあんたの売り上げに協力してやるから
そのコースとやらを並べてみたらどうだ」
「へぇ」
くたびれた紙切れをつつきながら、運送屋がコースを説明する。
「こっちは普通のコース。相手方に荷物を運びます。
こっちはお急ぎ便で、普通よりも急いで運びます。
それからこっちはクール便、荷物を冷やしたまんま運ぶんでさ」
ほう、と男は抱えた小包に向かって嘆息した。
「こっちは何だ」
男が顎でしゃくったコースを見て、運送屋はああと頷いた。
「へぇ、こっちは最近出来たばっかりのコースなんですよ。
エコ便といいましてね」
「エコ便?どういうもんなんだい」
男が先を促すと、運送屋はとびきり得意そうな顔をして続けた。
「最近流行ってるでしょう、エコ。あれですよ。あれ。
地球に優しいんです。環境対策ですよ」
「ほう」
この男、あまり頭の方は褒められたものではないので
流行ってる、だとか環境対策、だとか言われると
すっかりそれが一番理に適っているように思い込んでしまった。
「じゃあそれにしよう」
「かしこまりました。毎度ありがとうございます」
普通便よりはるかに割り増しな代金を懐にしまい、
運送屋はほくほく顔で小包を男からひったくって、運んでいった。
男は男で、もうすっかり荷物は相手方に届いたものだと思っている。
しかも地球に優しいのだ。エコなのだ。
悪い気はしない。
それから何週間もたって、小包を送った先から男に連絡が来た。
相手は怒り心頭で「まだ届かないのか」と憤慨している。
男もまた「ちゃんと送った」と激怒した。
いつまでたっても話が平行線なので、
男はようやく思い出したように運送屋をたずねた。
「おい」
「先日の。何でございましょう」
飄々とした運送屋の態度が、男の怒りに油を注ぐ。
「きさま、おれが送れと頼んだ荷物はどうした。
先方から連絡があったぞ。まだ届いていないそうじゃないか」
「そうですか。そうでしょうねぇ」
運送屋は男の剣幕に内心びくびくしながらも、平静を装いしれっと答えた。
そうしないとつけこまれると、社長に言われているのだ。
社員教育の賜物である。
しかし男はそれでは収まらない。
何しろ男にしてみれば、相手に送ったはずの荷物を
このふてぶてしい運送屋に丸ごと盗まれたようなものなのであった。
この男、短絡である。
「ええい、他人様のものに手を出して、その態度は何だ。言ってみろ」
「ぎゃっ」
すっかり頭に血が昇った男は、運送屋の胸倉を掴むと凄まじい力で揺さぶった。
「勘弁してください、話せば分かる」
「離したら逃げるに決まっている。誰が離すか」
「聞くだけでも」
「なんだ、その”はなし”か」
少し冷静さを取り戻した男は、ようやく運送屋の胸倉から手を離した。
「なんだい、離しちゃったじゃないですか」
運送屋は恨めしそうに男を見た。
「いいから話してみろ」
「へい」
あまりにも傍若無人な男に辟易した運送屋は、男に素直に話しだした。
「お客様、エコ便で頼まれたでしょう。
あれは、運送の間を出来るだけ省エネ化しようということで
一切の交通機関を使わず、スタッフが徒歩で運ぶんです」
それを聞いた男の顔が、みるみる上気する。
「歩きだと?」
「はい、歩いて運ぶのでございます。
ですから時間もかかるし労力も掛かるし、もちろん人件費もかさみますから
普通便より大変お高くなっております。
その代わり、強盗、ひったくり、交通事故など途中のトラブルは
弁償以外で誠心誠意対応させていただきます」
「なんだと」
「何しろ、エコ便でございますから、
エコロジーと同時にエコノミーも実践しております」
「ふざけるな」
結局男はエコ便を追いかけ、手荷物をひったくると相手方に届けた。
その帰り道、ひったくり犯が一人逮捕されたのは言うまでもない。